2017年 03月 31日 ( 1 )

疑うなよ疑うなよ

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  一八六、或る人、後生と云うことは存じませぬと申し上げたれば、
  師仰せられ候。おれも後生はしらぬ。しらぬがよいのじゃ。
  とやかく思うは凡夫の心。如来様は疑うなよ疑うなよと仰せらるる程に。

  (香樹院語録)   


 心に受け入れられない現実を前にすると人は「なぜ?」となる。自分を疑わずに事実を疑う。自分に都合のいいように解釈して事実を受け入れまいとするが、どうしても受け入れなくてはならないとなると、それが「苦悩」となる。我性と我性が闘争する世間では幸せにはなれない。生まれたら死ぬ。これが当たり前である。現実に疑問がない。ありのままの現実を受け入れて不満がない。これを「涅槃」(安楽)という。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-03-31 22:11 | 真宗の眼目 | Comments(0)