2017年 03月 30日 ( 1 )

信を得て念仏する喜び

  五九、此世の喜びは人々同じからず。
  浄土を願う身には誰もかれも同じ数多き喜びあり。  
  一、三悪道をはなれて、人間に生れたる喜び。  
  一、仏法に値いまいらせたる喜び。  
  一、この弘願他力に値いまいらせたる喜び。  
  一、六根具足の喜び。  
  一、悪縁に障えられず、聴聞することの出来る喜び。  
  一、信を得て念仏する喜び。  
  この喜びを知るならば、浮世の不足は云うては居られぬほどに、
  よくよく心得られよ。

  (香樹院語録)  
  

 信仰は一人一人の内心の問題である。一人一人の内心の問題であるから他人はまったく関係ない。仏は一人一人の心の中におられるのだから、心の中で仏と心通じ合えば、それが信仰である。仏と一対一の関係に入ることを信仰というのです。仏と心が通じ合っているかどうかは誰よりも本人がわかっていることで、人は誤魔化せても自分は誤魔化せない。信を得て念仏する喜びとは、やるべきことをやり終えた安心、安堵だろうか。

 南無阿弥陀仏


 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-03-30 22:22 | 香樹院語録を読む | Comments(0)