往還の二回向

  『浄土論』(論註)に曰わく、
  「云何が回向したまえる。一切苦悩の衆生を捨てずして、心に常に作願すらく、
  回向を首として大悲心を成就することを得たまえるがゆえに」とのたまえり。
  回向に二種の相あり。一つには往相、二つには還相なり。

  (教行信証・信巻「浄土論註」引用)


 竹内先生からお聞きした話です。「道は往来と言って、こちらから往く人があれば、あちらから来る人がある。人と人が出会うことがあるから道というのです」。前後の脈絡は覚えていません。歎異抄の定期講話の中、第七章の「念仏者は、無碍の一道なり」のところでお聞きしたかも知れません。二度は聞いていないと思います。

 竹内先生は西谷啓治先生を恩師と慕っておられましたが、わたしは竹内先生にお会いすることができました。当時、わたしは三十六歳。先生は六十四歳で、いまのわたしと同じ年です。竹内先生の未来に向かう往相のお姿を見て、わたしにも念仏の道が開けました。先生が救われていく尊いお姿はそのままわたしにとっての還相の菩薩のお姿となってくださったのです。

 竹内先生は「自分は還相の菩薩であるなんて言ったら変な話でしょう」とも言われました。聴聞を始めた頃でしたから、往相還相も、回向ということすらわからなかった。しかし、不思議なことに、わからなかった言葉だけが心の深くに沈澱して時期が来るのを待っていたかのように思い出される。今でこそ「往還の二回向」をわかりやすくお話しいただいたのだとわかります。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-10-18 06:34 | 教行信証のこころ | Comments(0)