愚者になりて往生す

  故法然聖人は、
  「浄土宗のひとは愚者になりて往生す」と候いしことを、
  たしかにうけたまわり候いしうえに、
  ものもおぼえぬあさましき人々のまいりたるを御覧じては、
  往生必定すべしとてえませたまいしをみまいらせ候いき。
  ふみざたして、さかさかしきひとのまいりたるをば、
  往生はいかがあらんずらんと、たしかにうけたまわりき。

  (末燈鈔・第六通)

 文応元(1260)年、弟子の乗信に宛てた親鸞八十八歳の手紙です。「ふみざたして、さかさかしきひと」に言い惑わされてはいけないとの手紙の主旨です。学者や学僧は物知りだが信心がない。われらは知識が欲しいのではない。救いが欲しい。救いを必要としたことのない物知りの話をいくら聞いても救いはない。物知りになって救われるわけではないからだ。仏のお心と心通じ合うこと、これだけがすべてである。信をいただけば、あとは仏のお育て、後生のためにすることはなにもない。ただ、ありがたい、ありがたいで往生する。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-09-18 06:18 | 御消息集を読む | Comments(0)