うろうろした心に

  一七二、私は人がいろいろと申せば、
  心がうろうろと致します。
  師の仰せに曰く。それが却ってよいのじゃ。
  建てた柱は動きはせぬが、倒れることも又早い。
  川端に生えた木は水のながれにつれて動けども、
  根元が確としておるからなかなかに倒れぬ。
  其のうろうろした心によく聞くと、
  実に御誓が聞きつけられる。

  (香樹院語録)

 みな動揺しない心が欲しい。それを「不動心」という。人の心は常に縁に催されて自由に動く。「うろうろ」するのが本性であるから人の心は「不動心」にはならない。求めてもムダである。そもそも「不動心」とは仏の心である。永遠に不変である。仏の心に摂取されれば「うろうろ」するわたしの心は(仏の心につなぎ止められて)「うろうろ」するままに自由である。それをなんとか経験させたいというのが仏教である。「うろうろ」する心をいじっても仕方ない。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-09-06 06:24 | 香樹院語録を読む | Comments(0)