泣いて法を説く

  二一三、師、平生静かに高座に登りて、
  「善知識さま今般深重の思召をもって、
  この表御門末一同え御教示なし下さるる」と声も次第にかきくもり、
  御涙と共に口をつぐみ給いて暫しは時を移さるることあり。
  かかる時は聴聞の道俗ともに打ちしぐれて、
  一座水をうちたる如く静まる。
  また御法話の間にときどき涙に咽び、
  御声の止まり給うをもあり。
  これけだし本願大悲の尊さを思い、
  人々の不審なるを悲しみたまいてのことなるか。(以上、一部抜粋)

  (香樹院語録)

 竹内先生の毎月の定例会はわたしのなによりの楽しみでした。幼稚園児が遠足を楽しみにする心と同じです。毎回毎回、推敲に推敲を重ねたであろう講義原稿を手に抱えて出てこられました。これはお人柄です。男前でしたから女性のお弟子さんが多かった。講義の内容も大事でしょうがわたしはほとんどメモを取らない。だからノートも残っていない。

 わたしには先生のお顔を拝してお話を聞いているだけで満足でしたから。月例で歎異抄の講義もありましたが、自宅では念仏しずらい人のためにただ念仏するだけの念仏会も毎月ありました。ここには生きた仏法があると思ったものです。先生がなくなってから二十年が過ぎましたが、光につつまれた会座がいつも思い出される。わたしの人生がそこにありました。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-09-05 06:28 | 香樹院語録を読む | Comments(0)