御同行えの御書状

  一三、今度の一大事の後生、
  おのが善悪のはからいをすてて、
  ただ阿弥陀仏に助けられて、往生するぞと信じ奉り、
  念仏申すより外なき也。

  御化導にあい奉り候えば
  ただ己が助かると思うこころになりてと、
  なれぬ身をしらずに、なれることのように存じ候が、
  無始以来の自力にて、
  此度その心に執心のやまぬが不便さに、
  此心は万劫の仇なりと詮はされたり。

  是れによりて
  助かると思う心をまつにもあらず、調べるにもあらず。
  本願に助けらるると、御聞かせにあづかり候えば、
  助かるとなられたが助かるにあらず。
  助からぬものの助かると思いとりて、
  念仏申し候が、肝要の御事と存じ候也。 徳龍

  御同行中

  (香樹院語録)

 この法語には「御同行えの御書状」と題がされています。香樹院師の署名付きの文書です。「御同行中」と宛名がされているように、念仏の核心が誰が読んでもわかりやすく書かれています。繰り返し繰り返し声に出して読んでほしい。わかりやすいからわかるとは限りませんが、それぞれに味わい深くいただくことが出来るのではないでしょうか。

 われらは心を自分と思うから執着する。執着すると支配され苦を受ける。そのことに気づかず迷い続ける不憫さに「心は万劫の仇なり」(心はわたしではない)と仏菩薩、善知識の方々は教えてくださった。教えを信じ、心への執着が落ちた瞬間に仏の心を経験する。仏の心こそが「本当のわたし」なのです。人の心では成仏できない。いただいた仏の心が「本当のわたし」になるので「成仏」といいます。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」 


by zenkyu3 | 2017-08-17 06:21 | 香樹院語録を読む | Comments(0)