命がけで聞けば聞こえる

  一一一、或る人、御面倒さまながら、
  御一言御聞かせ下されと申し上げたる時、仰せられ候。
  仏になるほどの事、一口や二口で聞かせられようか、
  自力の修行なさるる御方は、無量永劫御修行なされても、
  證られぬ證られぬと御嘆きなされるに、
  今五日や七日聴聞して、仏になろうと云うは、
  横着な心ゆえ信が得られぬのじゃ。
  なんでも、命がけで聞けば聞こえる。別なことを聞くのでない。
  同じことを聞き聞きすると、聞こえて下さるるのじゃ。
  ちやうど、染物にするに、藍壺のなかへ
  幾度も幾度もよく染めた所で上紺になる。
  よく染め揚げたが信心じゃ。

  (香樹院語録)

 この話の「或る人」は、尊い善知識とも知らず「御面倒さまながら、御一言御聞かせ下され」と、実に非礼なことに、なにも聞きたいことがない。信仰上の疑問を晴らすための聴聞である。疑問がなければ聴聞の場に来る必要がない。疑問に答えられない先生なら別の先生を探すべきである。「別なことを聞くのでない。同じことを聞き聞きすると、聞こえて下さるるのじゃ」。信仰上の疑問とはそうない。つきつめれば一つである。「なんでも、命がけで聞けば聞こえる」。一つの疑問を晴らすために、ようやく人に生まれさせていただいたのである。あなたが本当に聞きたいことはなにか。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」 


by zenkyu3 | 2017-08-11 06:54 | 香樹院語録を読む | Comments(0)