総別、人にはおとるまじき

  一 「総別、人にはおとるまじき、と思う心あり。
  此の心にて、世間には、物もしならうなり。
  仏法には、無我にて候ううえは、人にまけて信をとるべきなり。
  理をまげて情をおるこそ、仏の御慈悲なり」と、仰せられ候う。

  (蓮如上人御一代記聞書160条)


 受け入れられない事実に直面すると「不条理だ!」と心が叫ぶ。事実が受け入れられないのは理屈や感情が事実より"上"にあって偉そうだからである。それを仏法では「邪見驕慢」といって嫌われる。仏のお慈悲は「理をまげて情をおる」。我慢の鼻っ柱をへし折る。こんなことは誰も望まないから、実に難信である。「人にはおとるまじき」と生存競争を生き抜いてきたが、おのれをよしとする我慢が基礎から崩壊するような事実に直面することがある。仏のお慈悲に心が向くかどうか、これもまた宿善である。縁のない人には縁がない。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-08-01 17:53 | 蓮如上人御一代記聞書を読む | Comments(0)