心の病としての孤独

  三六、伊勢進士妙念の話に、
  或る同行、私は御恩が知れませぬと申し上げたれば、
  五劫永劫五劫永劫と、独りごとに云うておれ。
  と、仰せられたりと云云。

  (香樹院語録)

 この宇宙に自分一人しかいないことを「孤独」という。仏のお心はこの宇宙に遍満しているが、仏のお心とともにないことが「孤独」である。仏のお心に出会うこと以外に孤独は癒えない。「五劫思惟の願」はわたし一人のためである。わたしのことをわたしの知らない遠い過去からずっと思いづめに思ってくださっていたお心がようやくわたしに届いたのである。わたしはずっと一人ではなかった。それが「信心歓喜」である。孤独という恐ろしい病が癒えた喜びである。心の深いところにみな孤独を隠している。自ら知らず、孤独を癒すために人の愛を求めているが、人の愛では孤独は癒されない。われらはみな一人で死んでいくからである。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」 


Commented by Kk at 2017-07-16 04:18 x
私は自分の見るものしか見ることなく、
自分の聞くものしか聞くことなく、
自分の思うことしか思うことがないから、だから世界が閉じていて暗いんだな、救われないんだなと、最近、そんなことを考えていました。
Commented by zenkyu3 at 2017-07-16 07:29
> Kkさん
見えない心を見えるようにして、聞こえない声を聞こえるようにして、わが心を超えた高次の心に触れさせて、疑うなよ、疑うなよ、と導いてくださるのが仏さまです。全休
by zenkyu3 | 2017-07-15 06:23 | 香樹院語録を読む | Comments(2)