心を責めよ

  一五三、赤尾の道宗は常に常に我が心よく聞け聞けと、
  われと己が心に油断してくれなといわれき。
  龍樹菩薩は不負心と教えたまいて、
  我が心に負けぬようにせねばならぬと示し給い、
  蓮如上人は我が心にまかせずして心を責めよとのたまう。
  然れば信を得ぬものも、また信を得ても煩悩強盛なるものは、
  自ら我が心を責めねばならぬ。

  (香樹院語録) 

 自分の心の望むようにすることが「心の自由」のように思っているが、自分の心に騙されて、そのように思わされているだけのことです。自分の心の「下僕」になり下がって、心が喜びそうなことはなんでもしようというのでしょう。自分の心に縛られて「心の自由」を失っている。仏法は「自分の心の主(あるじ)」になる。信心の智慧をいただけば心を離れて心が見える。心を離れて心が本当に自由になる。これを「信を得る」という。心に心を許してはいけない。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-06-24 06:20 | 香樹院語録を読む | Comments(0)