心持の悪い時は

  七九、秀存講師、尋ね申して曰く。
  信には疑いなけれども、
  それでも心持の悪い時がありますが、
  そんな時は、いかが致せばよろしきにや。
  師の仰せに。そんな事は他に云わいでもよい。
  ただ御念仏をしていらっしやれのう。

  (香樹院語録)

   
 信心をいただくとは心を離れて心を見る体験です。離れるから見える。"ここ"にいて"ここ"は見えない。"ここ"が見えたのは"ここ"を離れたからです。自分の心を一度は離れても、気づかないうちにまた自分の心と一体化してしまう。心への執着はしぶとくて、何度も何度も、延々と、繰り返し繰り返し、念仏して心を離れなくてはならない。秀存師は「それでも心持の悪い時があります」と。自分の心への執着を残している。香樹院師のご指導は簡単で「そんな事は他に云わいでもよい」。ただ念仏していなさい。自分の心に振り向くなと教えている。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


Commented by 葉っぱ at 2017-05-16 18:46 x
何年も仏教の回りをウロウロし、仏さまの教え、浄土真宗の教えに疑いはないつもりですが、頭からなかなか離れないこわいことがある時、心への執着から離れられません。そんな時、ただ、南無阿弥陀仏と、となえていればいいですか?それは自力の念仏になってしまい、良くないのですか?
Commented by zenkyu3 at 2017-05-16 19:52
> 葉っぱさん
自力の念仏もありがたいものです。あなたが自力だと思って称えている念仏も仏さまが称えさせてくれているからです。全休
Commented by k-yoko2525 at 2017-05-16 20:07
+kirinnです+
泣けますぅ…( T_T)
そして嬉しい…\(^-^ )kirinn!
届くかな???
Commented by 葉っぱ at 2017-05-16 21:06 x
全休さま

教えて下さってありがとうございました。
Commented by zenkyu3 at 2017-05-16 21:09
> k-yoko2525さん
ちゃんと届きましたね。仏法とは本当にありがたい。わかってもわからなくてもわたしたちは仏のお心の中です。全休
by zenkyu3 | 2017-05-16 06:35 | 香樹院語録を読む | Comments(5)