松陰のくらきは月の光かな

  一〇三、能登の頓成、機の深信と云うことにつき、
  異義を申したつるに就いて、二條御役所の御糺となり、
  二條御役所より、二種深信御糺につき、
  講者よりその義書き認めあげよとありければ、
  香樹院師書上げらるるよう。

  「二種深心ともに他力なり。
  就中、機信心他力と云うを最も肝要なり。
  頓成は機の深心は、法を信ずるまでの前方便といえど、然らず。
  総じて、古来の異解不正義をつのる者数々あれども、皆なこの誤より起れり。
  我機のたすかられず、自力の善根も分別もまに合はぬと云うことは、
  法藏因位のとき、認知し給いて、
  それ故に其の行者のなすべき願行を仏の方になし給いたるを、
  六字に成就し給う故、六字を聞く所にて、
  この機の方の所修の善不善、すべて無益なりと知るは、
  法藏因位の識知より起る也。
  斯るものを、願力にてたすけ給うと云うは、もとより也。
  故に二種ともに他力より起さしむるもの也。
  是れ浄土真宗開山の極秘なり。」 と。

  二條の奉行曰く。
  衆生がたのむ故に、仏がたすけ給うを他力とは、固より聞けり。
  我が身のたすかられぬと云う機までも、全く他力とは、今度初めて聞きたり。
  いかにも開山の正意ならむ。親鸞聖人他力の宗意、奇妙なり奇妙なりと。
  之より江戸公議までの御捌となり、御老中及び御奉行も、
  この二種深信他力の宗義には、みな感心せられたり。

  講師一蓮院師曰く。
  機の深信他力と、知りたるようにて知らざりしものは私なりき。
  これ故に、立かえり立かえり我胸の穿鑿せし事勿体なや。
  ああ、これを知るは仏祖の御恩也、近くは頓成の逆縁なり、と。

  (香樹院語録)

 どうしても助からないと知るから頼む。頼まずとも助かるのではないかと思うから頼まない。こればかりははっきりしている。助かるのではないかと思うのは自分を知らないから。助からないとわかったら頼むしかない。だから、仏は助からないと教えて頼ませる。如来回向の仏智をいただいて助からない自分だと知った。助からないと知ったことが助かったこと。仏は智慧を与えて救う。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-05-03 21:52 | 香樹院語録を読む | Comments(0)