功徳は十方にみちたまう

  無慚無愧のこの身にて
  まことのこころはなけれども
  弥陀の回向の御名なれば
  功徳は十方にみちたまう

  (悲歎述懐和讃)

 「無慚無愧のこの身にて、まことのこころはなけれども」とは懺悔である。「弥陀の回向の御名なれば、功徳は十方にみちたまう」とは讃嘆である。心が見えることを智慧という。救われない身と知るから仏にすがる。すがる一念に救われるから、すがる心にして救うのが仏の御はからいである。わたしの手柄などなにもない。

 光あるところ影がある。影を見たら、それは光を見たのである。光を先に見るということはない。自分の心が見えたら、見せたまう大慈大悲を感じる。それが二種深信である。「如来回向」とは仏心がわたしの主体となって下さった。仏心と凡心が一体になった。浄土が凡夫の心の中に開かれてきた。「功徳は十方にみちたまう」とは信心の人の内面の事実である。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-02-21 06:08 | 真宗の眼目 | Comments(0)