仏との対話

e0361146_16295888.jpg  二三〇、仰せに。凡夫のこころは浄土参りの種にはならぬ。
  信決定の時凡夫の心を消して、如来さまの御心一つにして下される。

   (香樹院語録)

 人と生まれたことは苦悩である。あなただけでない、親も兄弟も、教師や仲間、親族、周りの者みな暗い心を内深くに隠して生きている。隠していることも知らずに苦悩している。だから、あなたの苦悩を最後まで聞きとげてくれる人はいない。聞けば聞いたことを利用するのが人である。あなたもそうするに違いない。この世の利害から自由な人などいないから、人ごとにあなたを利用する。あなたの苦悩を正しく受け入れ、最後まで聞きとげてくれるのは仏さまだけである。

 仏さまと一緒の生活が信仰である。仏さまはどこにおられるか。仏さまはあなたの心の奥底におられる。仏さまと心通じあい、対話できるように、あなたの心の奥底に降りていく。そのように信仰するのです。仏法聴聞に勉強は必要ない。知識もいらない。南無阿弥陀仏と称えて、自分の心を見せてくださいとお願いするのです。自分の心が見えたら、それが仏さまと心が通じたことです。仏さまと心が一つになった。悩みは人に聞いてもらうのではなく、仏さまに見ていただくのがよい。それが仏法聴聞、南無阿弥陀仏の生活です。

 南無阿弥陀仏


Commented by ナナシ at 2017-02-21 12:19 x
あなたの苦悩を正しく受け入れ、最後まで聞きとげてくれるのは仏さまだけである。有難うございます。

どんなときも、どんなことがあっても汝をそのまま受け止める。決して捨てない。決して諦めない。必ず貫く。

これが如来の大悲心、その大悲心の声が衆生において、
声になった。これが一声の念佛であります。

法性法身に由って方便法身を生ず。方便法身に由って法性法身を出だす。

形なきまことの大悲が、私に告げ知らせんがために、あえて形をとった姿が南無阿弥陀佛であります。

その南無阿弥陀佛の心を聞かせて頂く、それが
聴聞であって、佛のお心を聞かせて頂くことが即、
自身を深信させる。不思議の佛智のおはたらきです。

本願や行者 行者や本願。ただ念佛を申します。

合掌 南無阿弥陀佛
Commented by zenkyu3 at 2017-02-21 13:35
> ナナシさん
観念や概念とは対話できない。仏のお心はわが内面となって、仏とわたしが対話する。だから、どんな境遇にあろうとも孤独ではない。これが信心のご利益というものです。臨終に仏のお迎えはない。いま一緒に二人暮らしをしているからです。全休
by zenkyu3 | 2017-02-19 06:20 | 香樹院語録を読む | Comments(2)