助けたまえ

e0361146_15504971.jpg  二二三、或る時の仰せに。
  たのむ故おたすけじゃとは思うなよ。
  助けたまえと、弥陀をたのむのじゃ。

  (香樹院語録)     


 「おたすけ」を期待して「たのむ」となれば、それは計算である。人知は計算する。計算する心から「たのむ」心は出てこない。「たのむ」心は仏からの回向である。なにから「助けたまえ」か。計算高い人間の心から「助けたまえ」である。計算しても計算しても立ち行かない境遇にしてくれたのは仏のお慈悲である。南無阿弥陀仏を称えようとする心も如来回向である。人知は闇、光は人知の外、不可思議から来る。すべては仏の御はからいである。ただいただくばかりである。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-02-06 15:43 | 香樹院語録を読む | Comments(0)