仏祖の御冥覽を仰ぎ

  二〇六、飛騨国郡上組十二ヶ寺の御聞調の時、
  了因寺曰く。我慢、勝他、名利ゆえに、
  家内門徒も聞きとり法門ばかり致させをり候いしが、
  今日こそは心に徹致仕り候間、安心受得の上、
  家内門徒には報謝の実意より申し伝え、
  御趣意に背かぬようと心がけたく存じ候。
  仰せに。今迄の名利我慢は凡夫の妄念妄想故なり。
  後は仏祖の御冥覽を仰ぎ、我が心を御前にひらき出して、
  愛欲貪欲やめよとはのたまはぬ。
  この煩悩のなりで喜べよの大悲を仰ぎ、
  先づ我が身が仏法三昧になるべし。
  又名利は如来よりよいやうに、
  飢えも饑えもせぬようにし給うべし。

  (香樹院語録)     


 「我が心を御前にひらき出して」とは具体的で、わかりやすい。すなわち、心を露(あらわ)にして仏に我が心をそのままを見ていただくことですから、これは「懺悔」です。「愛欲貪欲やめよとはのたまはぬ」とは煩悩即菩提、そのままを救うのがお誓いであるから、われらは心を直す必要がない。心とはこの身をいただいたときに身についてきた「過去世の宿業の集積」であるから、この身からなにが出てくるかはわれら凡夫にはわからない。

 だから「不思議」という。出てきたものはあるから出てきたのであり、すべては宿業であるから、われらにはただ事実として受け取るだけしかできないのである。この身の事実を素直に受け入れる、事実に随順するところにかえって心の自由が開ける。事実を事実と受け入れるところに事実を超える道がある。これを「横超」といい、「凡夫の妄念妄想」を全体として見る「仏智」をいただくのである。


 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-01-26 06:38 | 香樹院語録を読む | Comments(0)