信心に心掛くべし

  一七四、一生尽くれども希望は尽きず。
  此望みかなえたらば聴聞に精出さん、
  ここまでやったら後生を願わんなどと思えども、
  命があればあるほど、望みは多くならんとも薄くはならじ。
  よりて覚如上人は、今日ばかり思う心を忘るなよ、
  さなきはいとどのぞみ多きに、と詠み給えり。
  家が貧くとも餓鬼にまさるべし。
  思うこと叶わずとも地獄の苦に比ぶべからず。
  只今只今と取りつとめて不自由な中より信心に心掛くべし。

  (香樹院語録)


 この身の過去世はわからないが、現在は過去世の結果である。これだけははっきりしている。この身にないものは現れないからだ。この身の来世はわからないが、現在に積み上げた悪業の集積の結果が未来であることははっきりしている。 業は途切れることはないからだ。知らない過去世の宿業に縛られ、なぜそうするのかもわからずそうしているのがわれらの現実、この身の事実である。

 過去が闇なら現在も闇、闇を闇とも知らずに過ぎる現世なら、後生もまた闇である。未来に光がない。死ねば終わりと言って終わらないのが業である。無責任に生きた結果は自ら刈り取らなくてはならない。因果の法は厳格である。希望希望といって、生きる希望を追いかけてきたが、最後は闇に落ちて行く未来に希望はない。

 南無阿弥陀仏 

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-01-25 11:28 | 念仏のすすめ | Comments(0)