それが信相続の相じゃ

  二九二、江州の了信、師の御枕許に来りて申し上ぐるよう。
  私は御前え上りましても同行衆の中でも、口では立派に調子合わして喜んではおりますが、
  もしやもしや心底が違うては一大事じゃと云う心配が御座ります。
  これは如何致しましたらよろしう御座りませう。 仰せに。それが信相続の相じゃ。
  有難う御座ります、左様なればこれながらで往生させて貰います。
  師曰く。往生に間近くなれば、それもないようになる程に。

  (香樹院語録)   


 一度信を獲たら後はきれいさっぱりという訳ではない。江州の了信という方は「心配」を正直に告白している。弟子も尊いが「信相続の相じゃ」「往生に間近くなれば、それもないようになる程に」と即座に応答する香樹院師は仏さまのようです。人間界では師と弟子であるが、仏々相念、諸仏の世界、お浄土で見るような光景ではないでしょうか。「もしやもしや心底が違うては一大事じゃ」と、信の一念に何千回、何万回、何億回も立ち返り立ち返り信を深めて行くのが信後の生活です。

 信の一念に立ち返るたびに、ありがたさに自然に限りなく新らしい念仏が出てくるのです。信の一念に立ち返るたびに仏のお心の中の自分を見せていただく。仏のお心こそが浄土であり、仏のお心の中の自分を見せていただく生活を「心の往生」というのです。江州の了信いわく「左様なればこれながらで往生させて貰います」と。「歎異抄」にも親鸞と唯円の対話がありますが、このような対話の記録はない。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


Commented by ナナシ at 2017-01-22 10:15 x
信の一念に何千回、何万回、何億回も立ち返り立ち返り信を深めて行く。これが相続のすがた、
有難うございます。現実の生活と佛語、そしてお念佛を通して、修道、往生ということを
聞かせて頂きます。全休さん、お優しいなぁと思いました(笑)
Commented by zenkyu3 at 2017-01-22 10:30
> ナナシさん
子どもにも言われる、「お父さんは子どもに甘い」ってね。(笑)
by zenkyu3 | 2017-01-19 06:16 | 香樹院語録を読む | Comments(2)