空しく終わる人生

  本願力にあいぬれば
  むなしくすぐるひとぞなき
  功徳の宝海みちみちて
  煩悩の濁水へだてなし

  (高僧和讃)

  しかれば名を称するに、
  能く衆生の一切の無明を破し、
  能く衆生の一切の志願を満てたまう。

  (教行信証・行巻)


 「無明」とは悟り(智慧の光)がない。悟りがないとは、自分がわからない。生まれてきた理由がわからない。わからないままにとりあえず生きている。根本的な問題の解決を先送りして物質生活を楽しんでいる。しかし、生きていれば答えが出たなんてことはない。生まれる前を知らず、死んだ後を知らない。過去も未来もわからないから「現在」の意味がわからない。

 意味がわからないから、まずは肉体の欲求を満足させるために生きよう、と。それを「無明」という。だから「無明を破し」とは悟りが開けた。「一切の志願を満てたまう」とは「未来」がわかった。未来がわかって、現在も過去もわかった。本当に願っていたことは、自分が誰かが知りたかった。生まれてきた理由が知りたかった。

 過去世の命がやり残したことがあった。だから再び生まれてきた現在がある。今、やり残したことをやった。もう、再び生まれ変わることはない未来がある。それを「本願力にあいぬればむなしくすぐるひとぞなき」という。あなたは本当はなにを望んでいるのだろうか。本当のところ、あなたはそれを知らない。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2016-12-11 19:48 | 念仏のすすめ | Comments(0)