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還相もまた"現在"にあり

  一切の有情は、みなもって世々生々の父母兄弟なり。
  いずれもいずれも、この順次生に仏になりて、たすけそうろうべきなり。

  (歎異抄・第五章)

  南無阿弥陀仏の回向の
  恩徳広大不思議にて
  往相回向の利益には
  還相回向に回入せり

  如来の回向に帰入して
  願作仏心をうるひとは
  自力の回向をすてはてて
  利益有情はきわもなし

  (正像末和讃)

  往相と還相と、往相は現在にあり、還相は未来にあるとー
  こういうふうにありまするけれども、そうしないと筋道がたたないものだから、
  還相を"未来"におくと、そういうのが『歎異抄』のお言葉でございます。
  けれども、『正像末和讃』をもって照らしてみるというと、
  還相もまた"現在"にありー如来の回向が本であります。
  如来の回向という方から見るというと、
  往相も還相もみな南無阿弥陀仏の中にあるのであって、
  そこに矛盾も撞着もないものであると、
  『正像末和讃』へ来まするとそういうふうに教えてある。

  (曽我量深著「親鸞との対話」より)


 教えがあっても救われた人がいなければ誰も救いを信じない。救われた人の喜ぶ姿にわれらは仏のお力を見るのである。救われて喜ぶことがわたしの「往相」であるなら、わたしの喜ぶ姿がそのまま誰かの「還相」となる。わたしが喜ぶのも、わたしが喜びを語りだすのも、いずれも仏の御はからいである。仏の御はからいだから往相も還相も"現在"である。弥陀仏は(現在を超えて)「現在」の仏だからである。わたしは(現在を超えて)「未来」の仏であるから、「この順次生に仏になりて、たすけそうろうべきなり」と言ったのである。

 南無阿弥陀仏


# by zenkyu3 | 2017-02-24 06:12 | 曽我量深師の教え | Comments(0)

清沢満之「わが信念」

  私の信念のなかには、いっさいのことについて
  私の自力が無効であると信じるという点がある。
  自力無効を信じるためには、私の知慧や思案を可能なかぎりを尽くして、
  頭のあげようがないまでになることが必要である。
  これははなはだ骨の折れる仕事であった。
  この極限に達するまえにも、しばしば、
  宗教的信念とはこんなものだといった決着をつけることができたのだが、
  それが後から後からうち壊されてしまったことが幾度もあった。
  論理や研究で宗教を建立しようとおもっている間は、この難点を免れない。
  何が善で何が悪なのか、何が真理で何が非真理なのか、
  何が幸福で何が不幸なのか、ひとつもわかるものではない。
  自分には何もわからないとなったところで、いっさいのことをあげて、
  ことごとくこれを如来に信じ頼ることになったのが、私の信心の大要点である。

  (今村仁司訳『清沢満之語録』より)


 わたしたちは「わたしは誰か」がわかりたい。「わたしらしく」などといって「わたし」を証明するために生きているといってもいい。生まれて死ぬだけなら「わたし」が生きたことにはならないからだ。肉体は「わたし」ではない。では、意識は「わたし」だろうか。もし、思いを起こすのが「わたし」なら、思いを起こすのも止めるのも自由にできなくてはならないが、実際には思いは自由にならない。このことから、思ったり考えたりしているのは「わたし」ではないとわかる。すなわち、思いはあるが思いを起こす「わたし」がない。

 さて、明治の真宗僧・清沢満之である。満之は自ら実験して「思いがわたしである」ことを証明しようとしたのでしょう。しかし、結果は「自分には何もわからない」というところへ追い込まれてしまった。その挙句、「わたしがある」ことを証明しようとして「わたしがない」ことを証明してしまった。「私の知慧や思案を可能なかぎりを尽くして」「極限に達する」とき「如来に信じ頼ることになった」と、自らの信心獲得の体験をありのままに語っている。

 「自分には何もわからない」となる「私の知慧や思案」の「極限に達する」瞬間に「如来に信じ頼る」信心へとひっくり返る。これが宗教体験の事実です。端的に言えば、仏法は「わたし」がないと知ることを「救い」と教えている。ない「わたし」に縛られて苦悩の人生を生きてきたからである。誰もが求めていた「わたし」がなければ、人生に求めるものはない。求めるものがなければ、そのまま安息するのである。

 南無阿弥陀仏


# by zenkyu3 | 2017-02-23 07:31 | 宗教体験の事実 | Comments(0)

歎異抄・第四章の読み方

  一 慈悲に①聖道・②浄土のかわりめあり。
  ①聖道の慈悲というは、ものをあわれみ、かなしみ、はぐくむなり。
  しかれども、おもうがごとくたすけとぐること、きわめてありがたし。
  ②浄土の慈悲というは、念仏して、いそぎ仏になりて、
  大慈大悲心をもって、おもうがごとく衆生を利益するをいうべきなり。
  ①今生に、いかに、いとおし不便とおもうとも、
  存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし。
  ②しかれば、念仏もうすのみぞ、すえとおりたる大慈悲心にてそうろうべきと云々

  (歎異抄・第四章)

  よしあしの文字をもしらぬひとはみな
  まことのこころなりけるを
  善悪の字しりがおは
  おおそらごとのかたちなり

  是非しらず邪正もわかぬ
  このみなり
  小慈小悲もなけれども
  名利に人師をこのむなり

  (正像末和讃)


 教行信証の後序に「竊かに以みれば、聖道の諸教は行証久しく廃れ、浄土の真宗は証道いま盛なり」とある。今生に悟りを開いて衆生済度するという聖道の理想は立派でも、末法の世にあっては、聖道の教えで悟りを開く者がいない。教えがあっても行証がないから、聖道の慈悲は「始終なし」。対して、浄土の教えは今生に念仏して順次生に仏になる。今生にこそ利他はできないが、順次生に仏になれば「大慈大悲心をもって、おもうがごとく衆生を利益する」。必ず仏になるので、念仏は「すえとおりたる」大慈悲心である、と。

 さて、以上が第四章の文意ですが、第四章、第五章、第六章はいずれも利他の徳について述べられています。とくに、第四章が教えようとしているのは、われらは「救う」側か「救われる」側か、どちらに立つのかということです。自力聖道門は指導エリートのための教えであるから最初から「救う」側に立っている。しかし、親鸞は「弟子一人ももたずそうろう」(第六章)と言って、徹底して「救われる」側に身を置いた。聖道門くらいの悟りなら親鸞にもある。しかし、悟りの智慧を自分のものとはせず、智慧に照らされて見える救われない煩悩を自分だとした。「名利に人師をこのむなり」と懺悔する親鸞は決して「救う」側、指導する立場には立たなかったのです。

 よって、第四章の冒頭、「慈悲に聖道・浄土のかわりめあり」の「かわりめ」とはなにかと言えば、聖道門は「救う」側の教え、浄土門は「救われる」側の教えだということです。そのことを親鸞はここではっきりさせた。それが第四章の趣旨です。正像末和讃の最後の二首を上に掲げましたが、救う側には決して立たない親鸞の気持ちがはっきり表れています。浄土門の勃興という歴史を背景に、念仏が聖道の教えから独立して庶民の信仰になっていく精神的な土壌を親鸞が提供しているのです。われらはどこまでも煩悩具足の凡夫、救われる側にあることを忘れてはならない。
 
 南無阿弥陀仏


# by zenkyu3 | 2017-02-22 06:32 | 歎異抄の領解 | Comments(0)

功徳は十方にみちたまう

  無慚無愧のこの身にて
  まことのこころはなけれども
  弥陀の回向の御名なれば
  功徳は十方にみちたまう

  (悲歎述懐和讃)

 「無慚無愧のこの身にて、まことのこころはなけれども」とは懺悔である。「弥陀の回向の御名なれば、功徳は十方にみちたまう」とは讃嘆である。心が見えることを智慧という。救われない身と知るから仏にすがる。すがる一念に救われるから、すがる心にして救うのが仏の御はからいである。わたしの手柄などなにもない。

 光あるところ影がある。影を見たら、それは光を見たのである。光を先に見るということはない。自分の心が見えたら、見せたまう大慈大悲を感じる。それが二種深信である。「如来回向」とは仏心がわたしの主体となって下さった。仏心と凡心が一体になった。浄土が凡夫の心の中に開かれてきた。「功徳は十方にみちたまう」とは信心の人の内面の事実である。

 南無阿弥陀仏


# by zenkyu3 | 2017-02-21 06:08 | 真宗の眼目 | Comments(0)